福井地方裁判所 平成8年(わ)60号〔2〕 判決 1996年9月20日
本籍
福井県鯖江市有定町二丁目四二五番地
住所
同市有定町二丁目四番一〇号
会社員
藤枝幸雄
昭和二七年三月三一日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官葛谷茂出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役八月及び罰金六〇〇万円に処する。
被告人において右罰金を完納しないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
第一 被告人は、自己が所有する田及び宅地を五六〇八万三一〇〇円で売却したことに関して、右譲渡にかかる所得税を免れようと企て、西本寛一と共謀の上、実際の平成五年分の総合課税の総所得金額が六三二万六七二〇円、分離課税の長期譲渡所得金額が五〇一〇万九一九五円であったにもかかわらず、自己には全日本同和事業連盟福井県連合会本部地域改善対策協議会に対し、三八〇〇万円の保証債務があり、かつ、自己において同債務を履行したが、その求債が不能になったかのごとく仮装する方法により所得を秘匿した上、同六年三月一五日、福井県武生市中央一丁目六番一二号所在の武生税務署において、情を知らない田中正暁らをして、同税務署長に対し、被告人の同五年分の総合課税の総所得金額が六三二万六七二〇円、分離課税の長期譲渡所得金額が一二三九万九一九五円で、これに対する所得税額が四一一万五〇〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同五年分の正規の所得税額一五四二万八〇〇〇円と右申告税額との差額一一三一万三〇〇〇円を免れた(税額の算定は別紙(一)の記載のとおり)ものである。
第二 被告人は、自己の母である藤枝よし子が所有する宅地及び雑種地を六二五〇万円で売却したことに関して、同人の代理人として、右譲渡にかかる税申告手続きを依頼されたものであるが、右譲渡にかかる同人の所得税を免れようと企て、西本寛一と共謀の上、藤枝よし子の実際の平成六年分の分離課税の長期譲渡所得金額が五六四四万円であったにもかかわらず、同人には千葉正弘に対し、五〇〇〇万円の保証債務があり、かつ、藤枝よし子において同債務を履行したが、その求債が不能になったかのごとく仮装する方法により所得を秘匿した上、同七年二月一五日、前記武生税務署において、右西本が、同税務署長に対し、藤枝よし子の同六年分の分離課税の長期譲渡所得金額が六四五万円で、これに対する所得税額が一三四万四〇〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同六年分の正規の所得税額一四六七万七〇〇〇円と右申告税額との差額一三三三万三〇〇〇円を免れた(税額の算定は別紙(二)記載のとおり)ものである。
(証拠)
括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。全部の事実につき
一 被告人の公判供述、検察官調書謄本(二通乙1、2)
一 渡辺忠造(甲18)、大久保正治(甲19)、長岡照雄(甲20)、西本寛一(二通、甲21、22)の検察官調書謄本
第一の事実につき
一 田中正暁(甲9)の大蔵事務官に対する質問顛末書調書謄本
一 証明書謄本(四通、甲1、2、7、8)
一 検察官調査書謄本(四通、甲3ないし6)
第二の事実につき
一 藤枝よし子(甲17)の大蔵事務官に対する質問顛末書調書謄本
一 証明書謄本(四通、甲10、11、15、16)
一 査察官調査書謄本(三通、甲12ないし14)
(法令の適用)
一 罰条 第一、第二 所得税法二三八条、平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、六五条一項更に第二につき所得税法二四四条一項
一 刑種の選択 情状により懲役と罰金を選択(併科)
一 併合罪加重 懲役刑につき平成七年法律第九一号による改正前の刑法四七条本文、一〇条、罰金刑につき同法四八条二項
一 労役場留置 同法一八条
一 懲役刑の執行猶予 同法二五条一項
一 訴訟費用の負担 刑訴法一八一条一項本文
(量刑の事情)
本件は、被告人が、二年間にわたって土地を売却したことによる所得に対する課税を免れるために、脱税請負人の西山に二三〇〇万円もの報酬を支払い脱税を依頼し、ほ脱税額が合計二四六四万余円、ほ脱税率も八一パーセントを上回る脱税をした事案である。犯行は、私利私欲のはに基づくもので動機に酌量の余地がないことはもちろん、被告人は西山に脱税を依頼し謀議を重ね、虚偽の金銭借用書や債権放棄通知書などの架空の書類まで造らせるという狡猾な手段を弄し自己の所得を秘匿したものである。脱税額の高額さ、態様の巧妙、計画性からみて、かなり悪質な事案というべきである。善良な納税者の納税意欲、申告納税制度の健全な運用に悪影響を及ぼすものであって、被告人の刑事責任は軽視することができない。
他方、被告人は、西山から予納税額と報酬額との内訳を明示されることなく、その合計金額を一方的に請求されてこれを支払ったが、後日に至り真実の納税額が小さく余りにも過大な報酬の額を知って心外であった旨述べており、西山に脱税を任せたとはいえ、当初から具体的認識としてはこれ程多額の脱税をする気持ちはなかったこと、その結果西山にほぼ脱税額に見合うような過大な報酬を取られていること、これまで長年実直に生活してきた者であり、本件発覚後、修正申告をし、ほ脱にかかる本税、付加税(延滞税、重加算税)をすべて納付し、本件につき真摯に反省していることなどの情状を考慮し、被告人を懲役八月(三年間執行猶予)及び罰金六〇〇万円に処することとする。
(裁判官 松村恒)